若彦路の里で古代の甲斐国に触れよう!

インフルエンザにかかってしまいました。(>_<)
会社で仕事をしつつも、だるかったので念のため病院へ行くと「あぁ~・・陽性と出ちゃってますね。インフルエンザです。」との事。
会社に戻って皆に報告をすると

C君:「近づかないで下さい!」
Tさん:「早く帰って下さいよ」

完全にばい菌扱いです。(-_-メ)

そんな訳で久々に数日間寝込みましたが、皆さんは大丈夫でしょうか?
ちょっと調べてみたところ、市町村別のインフルエンザ患者数は甲府市が一番多く、2位が都留市、3位が大月市で、4位が上野原市でした。
まだまだ患者数は増えているようですので、うがいと手洗いを徹底して予防をして下さいね!って私に言われたくないですよね・・・。(^_^;)

さて、今回は八代町をメタボウォーキングです!\(^O^)/


出発は八代四つ角のバス停です。

八代四つ角のバス停

交差点を斜向かいに渡り右折し、二子塚へと進みます。
こちらのサワラは市の天然記念物に指定されているとの事。う~ん。確かに立派です。(・o・)

市の天然記念物

すぐ近くには庭園が美しい定林寺があり、山門は市の文化財に、カヤは市の天然記念物に指定されています。

定林寺

ん?どうやら二子塚と定林寺は物理的に離れているものの、同じ境内という事のようですね。
二子塚という名前だったので古墳と思いきや、看板を読んでみると、
文永11(1274)年に日蓮聖人がこの地ではかない最後をとげた平家の落人の二子と婦女を不憫に思い、
二子鬼子母神として祀り、この地の郷士であった早内左衛門を弟子として給仕を命じたとの事。
定林寺はもともと早内左衛門のお家だったようです。(・o・)
(詳しくは NPO法人ふえふき旬感ネットHP で!)

定林寺を出て左折をし、暫く進むと八代郷土館へと到着です。
こちらは明治18年に建てられた武家風様式の建物で、村一番の地主であった大森家の自宅との事。

八代郷土館

う~ん。さすが村一番の地主!でかいです!!(○_○)
大森家は明治32年頃にこの屋敷で大森銀行八代支店を開設。
昭和10年8月19日に現在の山梨中央銀行の前身である第十銀行八代支店となり、昭和12年までここで銀行業務が行われていたという事です。
館内には大森銀行の資料や強度の生活用具などが展示されており、当時の暮らしに触れる事ができますが、建物だけでも一見の価値あり!

また、敷地内には江戸中期に建てられた民家(旧石原家)が移築復元されています。
う~ん。イイ雰囲気ですね~。(^_^)

旧石原家

あ・・・まずい!見所が満載で夢中になっていたら、ここまでで既に1時間以上経過している・・・急ぎましょ~!(^_^;)

郷土館を出て南へと進んでいくと瑜伽寺へと到着です。

瑜伽寺

こちらは町内最古の寺で、霊亀元(715)年に開創されたとの事。
薬師堂は桃山時代に建てられたという事ですが、そうなると400年以上前という事になります。驚きですね~!
しかし屋根はトタンで覆っているものの、醸し出す雰囲気と美しさは流石です!(^_^)

さて、瑜伽寺を出るとすぐに永井天神社があります。
こちらの永代神楽は市の無形文化財に指定されているとの事。
古くは永享年間(1430~1440)に発祥し、途中で途絶えていたが、明治21(1888)年に再興されて以来、
毎年神楽殿において4月3日の例祭に奏上するとの事。

永井天神社

う~ん、永井と聞くと1月号までこのコーナーのピンチヒッターをお願いしていた永井学を思い出しますが、
彼に芸能の才能があったかっどうかは分かりません・・・。(^_^;)

桙衝神社を過ぎ、水神橋を渡り、岡八幡神社を過ぎると八代ふるさと公園に到着です~。(^_^)
こちらの公園は300本の桜がある桜の森、古墳広場、親水広場の3つのゾーンに分かれ、地元住民の憩いの場となっています。

お!公園の入り口に面白い看板を発見!

田も作り 詩も作ろう

う~ん・・・晴耕雨読という事なのでしょうか?二宮金次郎を見習おうという事なのでしょうか?
でも何かほんわかしていいですね~。(^_^)

古墳広場には前方後円墳の岡・銚子塚古墳と円墳の盃塚古墳がありますが、
円墳の脇には甲州蚕影桜という大きな桜の木があります。満開を見たいな~。

円墳
甲州蚕影桜

暫く眺望を楽しんだ後、公園を下り、浅川沿いに果樹園を進みます。

おわ!!何だかでっかいモノが沢山そびえ立っていますよ!!

でかい!

どうやらリニアモーターカーの実験線を造っているようですね。(○_○)
それにしても、これだけ考古学的に価値が高いものが発見されている八代町を、何事もなく工事出来ているというのも不思議ですね。
リニアの工事によって新たに発見されたものもあるのでしょうか?

などと考えながら県道を渡り、柚ノ木熊野神社、みそなめ地蔵を過ぎ、広域農道を渡ります。
果樹園の間を通り、県道を渡ると熊野神社に到着です。

熊野神社

ん?熊野神社??さっきも熊野神社がありましたね。熊野と聞くと熊野詣でを思い出しますが、関係あるのでしょうか?
お!あちらに看板が
あります。読んでみましょ~。

ふむふむ・・・むむむ・・なるほど!やはり紀州の熊野神社と親密な関係があるのですね。
そして甲斐国熊野四所の第一の霊場という事ですから、ここ以外に3つの熊野神社があるという事になりますが、ひとつは先ほどの柚ノ木熊野神社で、
もうひとつは昨年のマチコレ!7月号の「クチコミ情報MAP」に掲載された朝気熊野神社(甲府市朝気1-11-1)ですね。
もうひとつはどちらかしら~(?_?)

こちらの熊野神社には県の文化財に指定されている、絹本著色熊野曼荼羅と菱雲文帯半円方形四乳鏡があり、市の文化財に指定されている長寛勘文があるとの事。
熊野神社を出て、自性寺を過ぎ、ゴールの八代四つ角に到着です~!\(^O^)/

今回のコースはゴールまで6時間近くかかってしまいました。
どうやら八代町は考古学好きの私にはたまらない町のようです。
※考古学好きと言っても、インディー・ジョーンズが好きというレベルです(笑)
今までも古代の甲斐国の歴史に触れてはきましたが、知識として得ていると言いましょうか・・・当たり前ですが、理屈として理解をしていました。
しかし、今回はちょっと違~う!
うまく言えませんが、八代町全体に当時の面影が見え隠れしていて、手を伸ばすと当時の人達に触れられるような気がしてきました。
そして、ある方が仰った「過去にとらわれるべきでは無いが、歴史は重んじるべきだ」という言葉が浮かびました。
市町村合併で消えてしまった土地の名称も、ひとつひとつに意味があったのだと思います。
見た目やイメージ、利便性、効率も確かに重要ですが、価値を見誤ると大きなものを失いかねないなぁ・・・と考えさせられたコースでもありました。

所要時間:5時間40分  消費カロリー:586kcal

map1103.gif

■参考資料:山日カラーブックス「甲斐路ウォーキング」より ■ウィキペディア