三ッ水門の歴史

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今月の「表紙のスケッチ」でも取り上げていますが、ナデシコは「甲府市の花」です。
甲府市のホームページには「甲府の暑さや寒さにも耐えて咲くたくましさ、美しさが市を象徴する」という理由で選ばれたとあります。

甲府市内では荒川河川敷に群生地があり、5月ごろから咲き始め、音羽橋上流では6月中旬ごろ、飯豊橋下流では秋ごろに見頃を迎えます。


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さて、ナデシコと聞くと、大和撫子やなでしこジャパンなどを思い浮かべる方が多いでしょうが、なぜそのように使われるのかご存知でしょうか?

諸説があるようですが、「撫でし子」という当て字から、「撫でるようにして可愛がる子」という意味に繋がることや、花が小さく色も愛すべきところから、日本女性を表す言葉となったようです。
そのような花が象徴ならば、もっと甲府市は女性が暮らしやすい町にしていかねばならないですね。


そのナデシコの群生地の一つである飯豊橋下流には、三ッ水門という取水施設があります。
橋から歩いて5分ほどの場所にあるその水門は、不思議な存在感があって以前から付近を通るたび気になっていました。

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三ッ水門は荒川左岸地域の用水を取水するための水門で、大正初期に甲府市上水道が出来る前は、この水門から入った水が三吉町(現相生二丁目)や太田町の飲用水として用いられていたようで、現在もかんがい用水として使われているとのこと。どうやらこの三ッ水門には相当な歴史がありそうです。

今の荒川を見て飲料水だったと聞くとちょっと驚いてしまいますが、昭和初期頃まではとても綺麗だったのでしょう。当時の写真を見ると水遊びをしている様子が伺えます。

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写真:山梨百年より

また、上下水道が出来た後、三ッ水門付近にはボート乗り場があったようで、市の中心部にも近いことから市民の憩いの場になっていたとのことです。

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写真:山梨百年より
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写真:山梨百年より
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写真:山梨百年より


現在の三ッ水門は当然ながらコンクリートで作られ、水路は金網で覆われていますので当時の面影はうかがえませんが、今でも荒川の水深は深く、ボート遊びをしていた頃を想像することは出来ました。

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ナデシコの群生地は河川敷の水路横にありますが、南方には富士山がひょっこりと顔を出しているのが見え、満開時にはどんな風景を演出してくれるのかと期待させます。
車での移動が多い我々にとって駐車場が無いのは残念ですが、今でも三ッ水門付近は甲府市の憩いの場として活躍できると感じました。

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この地域の資源をもっと多くの人たちに知ってもらい、来てもらうにはどうすればよいのでしょう。
我々一人ひとりが「撫でるようにして可愛がる子」と同じように荒川へ愛情を注ぐことが出来れば、実現できるかもしれませんね。


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今回の取材では表紙のスケッチで取り上げた音羽橋上流にある群生地も見に行ってきました。
ナデシコの姿は見ることが出来ませんでしたが、橋の袂にはパンジー達がカワイく咲いていました。河川敷でグラウンドゴルフを楽しむ高齢者の方々や、走り回る子供達の風景と相まって、気持ちがほっこりしました。
どちら様がお手入れをしているのか分かりませんが、ありがとうございます。

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