旧町名を復活させたい~志磨の郷 湯村 後編〜


 平成から令和へと移り変わり、もう1ヶ月が経とうとしています。 皆さんは大型連休をどのように過ごされたでしょうか? 先日、ある温泉施設経営者の方から、10連休のうち最も混雑したのは、平成最後の4月30日だったとお聞きしました。
 「平成の汚れは平成のうちに落とす」という方が多かったようですが、何かの節目に温泉へ行くという感覚は、日本人としてとても共感できます。
 もしかしたら信玄公も、大戦の前は湯村温泉へ浸かっていたかもしれませんね。

 さて、2019年は、武田信虎公が川田町から躑躅ヶ崎へと館を移してから、500年目となる節目の年です。
 さまざまなところで行われている「こうふ開府500年」のイベントは、「2019年に開府から500年目を迎える」という事実を知って貰うことが目的では無く、節目の年を切っ掛けに「我が町甲府」の歴史を知り、誇りを持ち、「これからの甲府」について皆で考えていくことに重きが置かれています。 そんな「こうふ開府500年」を盛り上げたく、今月も湯村の歴史を調べていきたいと思います。\(^O^)/

 明治に入ると山梨県内も多くの製糸工場が生まれ、養蚕が産業の中心となっていきました。湯村は明治4年に山梨県へと所属。明治8年には大宮村の一部となります。
 日清、日露戦争の勝利によって景気が上昇する中、裕福な人たちも増え、甲府の中心街から人力車を連ねて、芸妓さんも一緒に湯村温泉へ来るようになります。
 大正に入ると温泉施設も増え、「甲州湯村厄除地蔵尊福田山塩澤寺全景」では15の温泉施設が紹介されていますが、昭和に入ると事態は一転。源泉の湯量がだんだんと少なくなっていく中、窮地を救ったのが「ボーリング」です。
 昭和6年、万寿森古墳近辺に温泉が湧出することを確認し、多額の費用を投じてボーリングを行ったところ見事に成功。その後、万寿森ホテルが開業します。この成功をきっかけに相次いでボーリングが行われ、多くの旅館やホテルが生まれます。
 設備も近代化・大規模化が進み、最盛期を迎えた湯村は昭和17年に甲府市の町名「湯村町」となります。
太宰治が旅館明治に逗留したのも昭和17年頃。「正義と微笑」、「右大臣実朝」の2編を書き上げました。(写真1)
 その後、段々と戦争が激しくなり、昭和19年には東京から疎開児童を700人以上も受け入れたり、傷病兵の療養などにも利用されますが、終戦後の昭和20年には、いちはやく旅館組合を再結成、同22年には湯村観光協会を設立して復興へ尽力。県内外へ宣伝を行い、次第に活気を取り戻していきます。また、温泉客の増加に伴い、芸妓衆の必要性も高まり芸妓組合も復活。7〜8軒の置屋が旅館組合の中に置かれました。


 湯村ホテルの駐車場横を湯村山へと登っていくと、稲荷神社があります。
 本殿の裏側には、大きなもみの木が御神木として存在感を示していますが、今は枯れてしまっているようです。


 弘化4(1847)年に建立されたこの御稲荷さんは、芸妓衆が座敷へ向かう前にお参りをしたことから、芸妓稲荷と呼ばれていました。現在はお参りする芸妓衆もいなくなりましたが、湯谷神社の氏子たちが大切に管理しているそうです。
 開湯から1200年以上の歴史を誇る湯村温泉。時代の変化に伴い、名称だけでなく、関わる人たちも大きく変わってきました。唯一変わらないのは、湯村の湯質が素晴らしいということ。甲府に住む我々が宣伝することで、湯村はもっと楽しい温泉街になる気がします。
 まずはひとっ風呂浴び、実感するのが1番!温泉街の入口にある「むかえる」石像が優しく迎えてくれますので、今週末辺りにどうでしょう?

文:川上明彦




甲府市武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム)

甲府市武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム)は、無料の常設展示室、有料の特別展示室があり、武田三代の歴史や発掘調査の出土品などを見ることができます。
 特別展示室にある大迫力の大型スクリーンでは、若き日の信玄が登場して甲府を紹介。展示物を見回れば、武田氏の時代にこれだけの城下町を築いたことが、どれだけ凄いことだったのかが実感できます。特に県外からの観光客は、武田神社が武田三代の屋敷だったと知らない方が多いようですから、必ず立ち寄って貰いたいところです。甲府市民の皆さんは、ぜひ周りの方へオススメしましょう〜!\(^O^)/
 施設の詳細は、甲府市のサイトをご覧ください。
 また、外の芝生広場は、イベントなどにも活用できます。例えば「三日市場、八日市場」の復活なんてどうでしょうか?「町人などが集り、繁栄している」と文書にも残っているほど、戦国時代の甲府で最も賑わいのある一角だったそうです。市場を今風に言えば、「マルシェ」ということになるのでしょうか。甲府の地場産業や、県産の雑穀や野菜などを利用したフードなどを販売するマルシェであれば、この場所に相応しいイベントだと思います。出店者全員が、連雀商人の衣装を着てると面白いですね。






 敷地内にある旧堀田家住宅(堀田古城園)は、昭和8年に割烹料亭として開業された木造屋敷群で、歴史講座やワークショップ等、学習の場として活用する予定とのこと。土壁や畳などは新しくなっていますが、それ以外はほぼ当時のままの姿で残されており、日本人なら誰しもが懐かしく、心癒される空間です。日本庭園を眺めながら、夕涼みしたくなりますよ。
 芝生広場と共に、ご利用を希望される方は下記までお問い合わせください。



甲府市教育委員会 歴史文化財課
TEL.055-223-7324(直通) 担当:今宮
参考資料:角川日本地名大辞典、甲府湯村温泉郷HP、千塚・湯村温泉の歴史 遺跡(史跡)と文化遺産

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