健康と同じで、人は失った時にはじめて気づく『わたしの「もったいない語」辞典』
「フーテン」「ねこまたぎ」「夜なべ」…最近、耳にしなくなった150の言葉を集めた本。消えてしまうには惜しい言葉たち。社会の変化に伴い、使われなくなり、言葉も変わる。▼先日、活動写真弁士の催しを見に行った。スクリーンの横に弁士がいて、無声映画の映像に重ねて情景描写や台詞を語る。昔は楽団の生演奏付きもあったとか。私は初めて見たのだがライブ感あふれる面白さがあった。通常、映画はどこに見に行っても同じだが、弁士が入ると二度と同じものは再現できない。その場の空気で盛り上げ方も変われば、台詞も少しずつ変わってしまう。決して家庭のレンタルビデオでは味わうことができない世界だ。映画館に行く「価値づくり」について考えさせる出来事だった。▼「ボロ電」しかり、失ってから数十年が経ち、ようやく有用性に気づくのはよくあること。「中心街不要論」も囁かれるが、無くしては二度と取り戻せないものがある。本には私が寄稿した「もったいない語」エッセイも収録。
『わたしの「もったいない語」辞典』
中央公論新社 700円(税別)