粋ができなきゃ『甲府は暗夜(やみ)だわ』
『日本橋』

かつては甲府にも花街があったと聞く。夢のごとき浮世と隔絶された聖域。しかし、その中には、やってくる人、暮らす人、それぞれに負い目を背負った憂き世がある。銀蝶がはかなく舞う幻のような世界。クライマックス、5人の恋情が極まり逸脱の炎となり、同じ場に集まると、火事は火の粉を巻き上げ、生命の血しぶきがほとばしり、ひなげしの花びらが散乱し、阿鼻叫喚において、すべてを焼き尽くした。▼複雑な関係において、ぶつかり合いながら、一つの絶巓をつくる。幻想にみえて、ここに現実にある。人々はそれぞれ見方によって世の中を解釈し、そこには想像も妄想も入り込んでいる。現実は鱗粉が光を照り返し、煌めきが瞬くのである。▼作品は脚本化され何度も上演されている。そこには芸者のお孝が「日本は暗夜(やみ)だわ」と啖呵をきる名場面が欠かせない。それは社会の野暮に切りかかるようでもあった。

『日本橋』
泉鏡花(著)
岩波文庫 600円(税別)