2013年7月号 甲府盆地からの富士山

2013.07
 標高3,776mを誇る日本の最高峰。甲府盆地からは御坂の山屏風の上にその姿が覗き、身近でありながらも特別な存在としてそこにある。富士山を臨むことのできる最遠の地は、和歌山県那智勝浦町妙法山とされ、その距離およそ323km。はるか彼方の稜線にさえ心を寄せるように、富士山の価値は古来より綿々と繋がる日本人の精神の中に息づいているものだ。
 ユネスコの認定する世界遺産は「人類が共有すべき顕著な普遍的価値を持つ物件」とされる。その意義は、この先も守り続けたい、伝え残したいという”想い”を共有することにあるのではないだろうか。




“2013年7月号 甲府盆地からの富士山” への1件のコメント

  1. […] 昨年7月号から「山梨の魅力再発見 マットシレシ」のコーナーで「旧町名を復活させたい」と銘打ち、甲府のまちの歴史をひも解いてきたところ、多くの方からご好評をいただきました。 みなさんそれぞれに甲府のまちの思い出があり、どのハガキからもまちのことを愛おしく思っていることが伝わってきます。 今回は特別編として、甲府だけでなく山梨県全体の写真資料を集めているNPO法人 地域資料デジタル化研究会さんから懐かしい甲府のまちの写真をお借りしました。 ▲県庁前交差点(昭和39年6月) 飯田通りは「名画座通り」だったのですね。どこに映画館があったのでしょう?よく見ると富士急ビルの先の看板に「茶」の文字が。今も残る山根園さんでしょうか。その先には萬集閣さんがあるのでしょうか。   ▲ゑびす講祭り(昭和34年11月) すごい人!まるで年末の上野アメ横のようです。右にはセイビドー本店さんの看板が。こうしてみると老舗が多いことを実感しますね。通りにアーケードができるのはこの2年後、昭和36年のこと。 ▲夜の春日町通りと映画人気(昭和34年5月) 私の世代だとダイエー、トポスのイメージが強い銀座ビル。その前は電気館という建物だったのですね。東映の映画館には、よくアニメ映画を観にいった思い出があります。 ▲甲府駅西側眺望(昭和39年10月) 今月取り上げている甲府駅南口ロータリー。甲府城側から撮った写真です。右手に見えるのは甲府駅の貨物ヤードですが、朝日通りへ向かう道がこんなにも狭かったとは驚きです。 ▲甲府市街遠望(昭和39年10月) ちょうど、以前マチコレ!の表紙で取り上げたのと同じ方向を向いた写真ですね。電電公社のアンテナの先に見えるはずの富士山は残念ながら雲に隠れてしまっています。 ▲百貨店の遊園地(昭和30〜40年代) 岡島の屋上にこんな遊園地があったなんて知りませんでした。他の写真では観覧車も写っていて結構な規模だったようですね。当時の子供たちにとって、岡島に行くことは最高のおでかけだったんじゃないでしょうか。 写真提供:NPO法人 地域資料デジタル化研究会 文:川上明彦 […]

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