路線バスでゆく かいゆうほ〜ボロ電の面影探訪編(4)〜




 木々の緑が目にまぶしい今日このごろ、お元気でお過ごしでしょうか?5月は衣替えの時期。街中では中高生の夏服を見かけ、茹だるような暑さがそこまで迫ってきたことを感じさせます。既に日中はだいぶ暑くなっており、この時期でも熱中症は注意が必要です。部屋の温度と湿度を適正に保つよう、お気を付けください。弊社もクールビズとなり、少しカジュアルな服装でお伺いすると思いますが、よろしくお願いします。

 さて、これからの高齢社会で、大変重要な役割を担うであろう路線バス。もっと路線バスの事を知り、利用していただき、潤いのある生活を送っていただきたいという思いを持ち、このコーナーを連載しております。今月も引き続き、ボロ電の面影を辿りながら「かいゆうほ」です。\(^O^)/




 開国橋を渡りきり、南アルプス市へと入ります。ボロ電は開国橋を渡ると、並行する県道を斜めに横切り、専用の軌道で随一の急勾配を登っていきました。最初の駅は今諏訪駅。現在の上今諏訪バス停付近です。桜の古木に囲まれた静かな駅だった今諏訪駅。甲府〜青柳間の中間地点だったことから、日中になると全線で唯一の交換駅となりました。



 現在のアルプス通りは大幅に拡張工事が行われたため、今諏訪駅の面影はどこにも見ることができませんが、当時は写真のようにとても長閑な駅でした。



 上今諏訪バス停から南側に200m程進むと、地名の由来となった諏訪神社が静かに佇んでいます。実はこの諏訪神社、末社として春宮、秋宮、御柱社、十三所社、中島社があり、信州の諏訪大社と同じ構成。全国的にも大変珍しいそうです。(・o・)7年に1度の御柱祭も行われており、信州の諏訪大社と縁が深い由緒ある神社です。



 上今諏訪のバス停を出発すると、私が乗車したバスは左折をし、廃軌道から大きく逸れ、県道5号線を進みます。
 今諏訪を通り過ぎ、下今諏訪バス停へ。下今諏訪の諏訪神社は、こちらのバス停で降りるとすぐ北側にあります。バスは中条入口、吉田、JAこま野豊支所、十五所、戸田町を過ぎ、小笠原バス停へ。この辺りになると、バス通りも廃軌道と再接近します。

 ボロ電の小笠原駅は、南アルプス市役所西別館の辺りにありました。市役所北側にある道は、駅前通りと呼ばれていたようで、今も街路灯にプレートが残っています。このような形で名残がうかがえると、実感が湧きますね。(^_^)



 小笠原は峡西地方の中心地。養蚕や果樹栽培の盛んな地域ですが、信州と駿河を結ぶ街道筋の集落として、古くから賑わっていました。小笠原という地名の由来は、荒廃した原でスゲが多く生えており、スゲは小笠を作る材料であることからや、荒廃した原で小竹立原といったのを竹と立が一緒になって笠になったなどの諸説があります。戦国期は甲斐源氏の一族、加賀美遠光の次男であり、小笠原流礼法の祖となる、小笠原長清が領したと言われています。

 路線バスは小笠原下仲町、下宮地、JAこま野大井支所、古市場、荊沢、甲西工業団地入口を過ぎ、今回の最終下車地長沢新町へ。ボロ電車両が展示してある利根川公園までは、バス停から250mほどとなります。
 ボロ電の長沢新町駅は、上行寺の入口から30mほど南の辺りにありました。甲斐青柳駅方面から来ると、河床が高くなった利根川を潜るための隧道がありましたが、現在は改修され、川は廃軌道の下を流れています。

当時の長沢新町駅

現在の長沢新町駅辺り

 さて、いよいよ目的地である、利根川公園へと到着です!\(^O^)/
(つづく)

文:川上明彦

モノクロ写真提供:一般財団法人 東武博物館 名誉館長 花上嘉成氏
取材協力:ボロ電ロマン、山梨交通鉄道線回想録、角川日本地名大辞典

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