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生き生き熟年ライフ Archive

第13回 姿勢もキリッと大人のバレエ

baree1.jpg木曜日の夜、レオタード姿の窪川さんに迎えられ、レッスン場に案内されると可愛いバレリーナたちの「こんばんわ」という明るい声に包まれた。慣れない風景にちょっと戸惑った。
以前からバレエを鑑賞するのは好きだった窪田さんですが、自分が挑戦するとは思ってもいなかったようです。約10年前、「あるベテラン女性アナウンサーが、大人になってからバレエを始めたと言う記事を読んだのがきっかけです」といい、さらに新聞で大人のバレエ教室があることを知って「いきなり若尾バレエ学園のドアをノックしてしまいました」。

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第14回 ボランティアで配食サービス

1人暮らしや体の不自由なお年寄りに、夕食の宅配サービスをするボランティアグループがある。甲府・食事サービスをすすめる会。

 12月中旬の水曜日、甲府市横根町の甲運第二保育所を訪ねた。今は園児が居ない遊戯室が、盛り付けの場になっていた。50~70歳代のボランティアが弁当箱を手際よく彩っていく。この日の献立は菊の花びらをあしらった菊ずし、魚はブリの照り焼き、白玉、ホウレンソウ、お年寄りに人気の白ダシで煮た長いも。黄、緑の色合いも見事で食欲がそそられる。

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第15回 子どもキャンプを広めたい

 「大人が子どもたちから奪った『遊び』を返してあげたい。子どもの遊びは学びなのだから」。長年、ボランティア活動に携わってきた笠井さんの現在の心境だ。

 「アフリカなど発展途上国の子どもたちは、飢えや病気に苦しみ、教育など問題外。それに比べて日本の子どもは幸せと思ってしまう。しかし、いじめ、不登校、自殺などのニュースを耳にすると、
子どもを取り巻く環境が病んでいることが分かり、年々重度化している。子どもたちからの反乱であり、悲鳴だと思う。心の貧しさに起因しているのではないか」と、心を痛める笠井さんは、自然の
中に放り出して遊びの中から美しさ、厳しさを体で覚えて欲しいと願っている。


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第16回 忙しくパソコンボランティア

 2月10日甲府盆地は前日からの大雪で銀世界が広がっていた。そんな足元が悪い中、北新1丁目の県福祉プラザに障害者たちが集まり、パソコン操作習得に励んでいた。

 パソコンボランティアとして指導しているのは、数野さん。「母が倒れて看病のためにそれまで努めていた会社を退職。そのうち私自身が足腰を痛めて車椅子と杖の生活になりました。障害者の気持ちがよく分かり、何かお手伝いしたいと思っていたところ、パソコンならできると思い当たったのです」。

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第17回 思い思いに楽しい絵筆

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とにかく楽しい教室だ。3月の午後、甲府市北公民館の教室をのぞいた。まず指導している野口則子さんと名刺交換すると、裏に直筆の絵に「うれしい出逢い」と添えられていて、受け取った瞬間心が通じ合ったような気持ちにさせてくれる。
 

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第18回 『感性』と『健康』プラス『楽しさ』

fura1.jpg 水曜日の午後、北口2丁目の「山の都フラスタジオM」で、フラダンスのレッスンを覗いた。いずれも「熟年」というのにはためらいがある若々しい8人のフラを鑑賞した後、その魅力を聞いた。北杜市から通う正藤さんは「4年前、背骨の手術をしました。リハビリのために始めたのですが、今は全然腰が痛くありません」。山梨に来て10年。ご主人が車で送ってくれることがある仲の良さはスタジオでも有名だ。輿水さんも「膝が痛かったのですが、フラをしたい一心で治ってしまいました」と言うし、飯田さんも同じ効果を得ている。「四頭筋が鍛えられることや、腹筋を使うのがいいようです」と説明する。ストレッチングの要素に有酸素運動が加わるのも効果的らしい。


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第19回 鎌倉彫に伝統と個性を織り込む

北村栄子さんの雅号は、梢華。鎌倉彫に打ち込んで33年というから、人生の半分を伝統工芸とお付き合いしてきた。今は梢華会代表として仲間8人の指導をしながら、自らの作品作りに精を出している。
 出会いは「絵が好きで描いていたのですが、自信がなくなったところへ、妹
が鎌倉彫の教室を教えてくれたのです。子育ての区切りがついた頃でしたが、生徒がいっぱいで1年間待ちました」と振り返る。その師は石原秋水さん。長年研究を重ね、誰にでも彫ることから塗りまでできるように自然乾燥の塗料を使う技法を編み出した先生だ。

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第20回 愛車を駆って、サーキットを疾走

182センチの長身でスリムな体にサングラスが良く似合う。改良に改良を重ねたホンダS2000でサーキットを疾走する横内さんは「頭の中は真っ白で、何も考えない。これがたまらない至福の時です」。

 8年前、車を愛する仲間が全国にいることを知り、オフラインミーティングに参加。ホンダが50周年を記念して販売したS2000にほれ込んだ。「FRで運動性能がレースに向いていて面白い。
趣味や楽しみを長く続けるには、50歳代前半で始めることが大事。金も時間も余裕がでたところで、いい"人""に出会ったと思っています」と、しゃべりは擬人法だ。

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第21回 元気をもらった津軽三味線

腹の底を揺さぶるような激しくダイナミックなリズム。津軽三味線は「日本人の魂を呼び起こす奥深い音色」とも表現される。
 その激しさとは裏腹の出会いを、相川さんは静かに語り始めた。
 「20年前、突然妻を亡くしました。それまで子どものPTA役員など世間に対して積極的にかかわり、絶好調の人生だったのが途切れてしまいました」。
残された三人の男の子は末がまだ9歳。夜中に寂しくて泣き、添い寝をしてあげる毎日となった。相川さん自身も内に閉じこもっていた。
 そんな時、ラジオから『小沢昭一的こころ』で山本直純作曲の三味線の曲が流れてきた。心に響いた。「弾いてみたい。でもどうやって?」。書店で本を探していると肩をたたかれ、その人の名刺には『三絃士=三味線の製作』とあった。shamisenn 1.jpg
 偶然というか、運命の絆というかのきっかけで、まず民謡三味線から取り組むことになった。「そのうち欲が出てきて、バンバン弾く津軽をしたくなって、澤田勝司さんに師事するため、東京に通いました」と、以前のような積極性がよみがえってきた。
 昔、東北地方で坊さんやごぜといわれる盲目の女性が銭乞いをするのに三味線を弾いたのが、津軽三味線のルーツだという。戦後になってその魅力が広められたというから、一般へ普及した歴史は浅い。しかし左手の手さばき、バチを胴の皮にぶちつける力強さでたちまちファンを虜にした。『日本のバンジョー』と呼ばれたり、打楽器奏法を思わせるテクニックは、小気味が良いが「そこが難しいところなんです」という。
 

shamisenn 2.jpg相川さんは今、40人ほどの弟子を指導している。そして自らの将来について、「模倣は嫌だ。自由に自作を楽しみたい」と、様々な形態にチャレンジしている。武田節、粘土節などの編曲はもとより、武田節全国音楽祭では2人の太鼓を入れた10人のチームで、審査員特別賞を獲得。『侍Bowys』(あえてwを入れる)を結成して三味線、洋楽器、踊りのコラボレーションが評判になっている。
 こんなエピソードも。千葉で交通事故に遭った男性が石和の温泉病院でリハビリをした。そこに勤めていた先生が沖縄出身で、結婚して沖縄に住むことに。「地元に溶け込みたい」と三線(さんしん)を習いたいというので指導した。三味線との出会いも含め、思いがけない人との交流に「理屈ではない感動がある」と、人間に対しても興味が尽きないでいる。
 夏休みには、親子ペアに呼び掛けて缶からを材料にした、おきなわ三線創りを指導。お年寄りなどの施設に呼ばれれば、ボランティア出演。苔玉作り、陶芸にも手を出して、こちらも半端ではない。添い寝をした三男も結婚した。悲しみを乗り越えてフル回転だ。

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第22回 ウクレレの真髄を極める

ukurere1.jpg とにかくフットワークがいい。それに、この人には「苦手」という言葉がないかのように、どこにでも顔を出して中心に居座ってしまう。ウクレレを抱えて、時にはハーモニカを持って世界を駆け巡
る旅行代理店の支店長さんだ。
 もちろん音楽は趣味。それがプロ並みになってきた。8月下旬の金曜日。北口の喫茶店で7人の奥さんが集まった。全員フラの世界ではベテランだが、ウクレレ教室は2回目だという。「踊るだけではなく、バックで演奏もしたくなって」三井さんの指導を受けることになった。
 『オハナ ハウオリ』(家 幸せ)という7人のチームは「女性が3人寄れば姦(かしま)しい。でも7人そろうと美しい」と言いながら、カイマナ ヒラを演奏してくれた。三井さんは「肩の力を抜いて、指の力も。リラックスして」とアドバイスしながら、腕の位置、指の使い方を矯正していく。「2回目にしてはよくできました。でもひどい音だった」と、軽妙な冗談に場は和みっぱなしだ。
 このほかにもいくつかのグループを指導。中にはうなぎ屋さんがレッスン場になることも。「楽譜もきちんと読めなかった人が、スキルアップしていくのを手伝うことができるのは僕自身にとっても幸せ」と、忙しさは気にならないようだ。
 「中学生のころから、ハワイアンに憧れてねえ。ウクレレの神様といわれるハーブ・オオタ氏の影響が大きい。大橋節夫やバッキー白片がキラ星のごとく見えた頃だ。本格的に取り組むようになったのは30歳台半ばからですかね」
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同じ日の午後7時、三井さんは笛吹市春日居町にいた。仲間6人で構成する『マウイ アイランダーズ』の練習日だ。メンバーの一人が自宅敷地にスタジオを設け、本格的な演奏技術を高めあう。県内では名の知れたユニットで、施設への慰問依頼が数多く来る。ほかにも、ホテルでフラの先生がお弟子さん約100人とパーティーを開いたり、集客施設でサマーバイキングをする時などに声がかかる。県のネンリンピックのステージで45分間演奏したこともある。
 これとは別にジャズのユニット『KIKIバンド』にも参加する。ボサノバを中心にカフェバーにも顔を出す。「行きつけの店には全てウクレレを置き、いつでも弾けるようにしています。女房には内緒だけど」
 仕事で海外に添乗する時は、ウクレレと小さいハーモニカを携行。旅行中客が誕生日を迎えると、即興の演奏で祝福する。修道院で賛美歌を奏でたこ
とも。折々で小さなパーティーを開き盛り上げている。
 「ある時期ウクレレをやっているというと、漫談?と聞かれた。今、こんなにポピュラーになるとは思わなかった」といい、「演奏にここまでということはない。精進あるのみ。コーラスをもっと上手に
したいな」と目指す山は高くなるばかりだ。 

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第23回~自分色で花作り~

 布を葉や花びらの形にカットして、思い思いの色に染め上げるアートフラワー。9月のある日、国母2丁目の篠原シズ子さん宅に清水美枝さん、輿水悦子さんと指導をしてくれる小沢文香先生(アトリエ幻染花主宰)が集まった。月1回の出張教室だ。
 白地のサテン、正絹、ビロード、シールなどが材料。カットされた葉や花びらはアートフラワー専用のシリアス染料で色付けされる。何色も何色も混ぜて気に入った色合いに仕上げていく。もちろん筆を使うのだが、指で染料を伸ばすこともして、まさに根気を必要とする手仕事だ。
flower2-1.jpg 花びらは平面ではない。うねりをつけるのには電気ゴテを駆使する。コテの種類も先端がとがったもの、筋が入ったもの、丸いものーと数多くある。波打つ花弁やペップと呼ばれる花の芯、それに葉脈など用途に応じてコテが選ばれていく。
 篠原さんと清水さんは20年ぐらいのキャリア。書道教室を開く篠原さん方が自然と集いの場になった。輿水さんは8年ぐらい前から。この日はペーシュというバラの一種に挑戦していた。色はオレンジがかった黄。「お金が貯まるように黄金色を選びました」。
 午前中から取り組み、お楽しみ昼食は清水さんお手製のお稲荷さんをほうばった。小沢先生を囲み"得意な"おしゃべりがしばらく続く。「教えるというより楽しんでいます。皆さん人生の先輩ですので」という小沢先生は「花が好きで、手先で細かいことができる人であれば、誰でも始められます」と、手軽さをアピールする。
 篠原さんは「自分の好きな色を出せるのが面白い」と言う。そして玄関で自身の書作品に、作った花を添えて客を迎える。独自色を生み出していくのはやりがいもあるし、個性も発揮できる。ただ、小沢先生の鮮やかではなく、ちょっと枯れた色使いに皆は気に入っている。
 作品の発表の場は市民文化祭や県民文化祭。「売ってください」という人がいるが、「商売をしているのではないから、喜んでくれるのならプレゼントしちゃいます」と3人は口をそろえる。輿水さんは一昨年娘さんが嫁いだとき、白とピンクの2着のドレスに合わせてブーケを二つ作った。
 清水さんも今年6月、息子さんが結婚。花嫁さんにブーケをプレゼントした。ご主人が協力的で「花びらをカットしてくれるんです」とうらやましいコンビだ。
 針金でのまとめ、ボンドを使った接着も手順を考えながらの根気と集中力。ルリタマアザミという直径3センチの丸い花には70枚もの花びらが挿し込められている。「はじめるときは考えていなかったけど、今ではボケ防止になると思って」と明るい3人は、老けている暇はないようだ。 flower1-1.jpg
 

第24回感謝の気持ちを体いっぱい表現

 18世紀後半アメリカで、アフリカからの奴隷が言語に絶する辛い迫害を受け、神にすがって歌った音楽。ゴスペルはGod spell=つまり神の言葉、福音だ。奴隷たちはアフリカで音符を読むすべもなく、コール アンド レスポンスといって畑仕事をしながら歌でコミュニケーションを図っていたのだという。
 平野鏡子さんは8年前、「肩の力を抜いて何かやりたい」と思っていた時に、ゴスペルに出会った。日本での第一人者といわれるラニー ラッカーさんが英和短大(現英和大)の招きでワークショップを開いたという新聞記事を読み「もともと歌は好きだし、楽に入れそう」と『フォーギブン シナーズ』で練習を始めた。
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 「大きい声を出せばいい。手拍子や英語も難しくなさそう」と思っていたゴスペルはとんでもなく奥が深かった。「まずリズムについていけない。私たちが若いきにはなかった後取りのリズム。今の人たちには体内リズムが出来上がっているんですが。それに英語の歌詞を覚えられない」。それでも続けてこられたのは、「フォーギブン シナーズ」を指導する岩下真由美さんがゴスペルの持つ魅力、楽しさを体感させてくれたからだ。岩下さんは「まず表現は自由。教会音楽なのですが、クリスチャンでない人が自分なりの解釈で表現するし、ボサノバ、ロックありのいろんなジャンルが集結した複合体なんです」とその魅力を話す。
 そして平野さん自身「歌っていて自然に温かい感謝の心がわいてきます。日本語では照れくさくて言えないような内容も、英語だと表現しやすいということもあるんでしょう」という。
神を賛美する歌詞を自分たち、あるいは家族に置き換えて全身を使って表す。温かい気持ちになる不思議な魅力があり、歌っているうちに涙を流す人も出てくる。
 発表の場はさまざま。11月3日に県民文化ホールで開いたコンサートは、だいぶ前にチケットは完売。当日は岩下先生のご主人でプロデューサーの浩二さんが舞台設定を担当、娘の莉澄(りずむ)さんも一緒に歌った。身内だけのクリスマスパーティーはカラオケボックスで、それぞれの十八番を歌い、最後はゴスペルで仕上げる。バーベキューも楽しみな一つだ。
 そんな平野さんは最年長歌手。「若い人が普通に付き合ってくれるので気が楽なんです」といえば、岩下さんは「見守っていただいているような安心感があります」と包容力に一目置いている。
 「大きいコンサートはきついですが、月2回のレッスンは楽しんで楽しんで続けたい。家でもテープを持ち帰って毎日声を出しています」という平野さんに対して、ご主人も全面的に理解をしてくれている。声楽家の平野忠彦氏を叔父に持つ平野さんはコンサートの舞台で時には静かに、時には少女のようなあどけない笑顔いっぱいを振りまきながら、体中で躍動していた。
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第25回 子供たちの成長を楽しみに

  日本棋院の女流棋士である。今でも後進の指導に情熱を傾け、特に子供たちに温かい視線を注いでいる。
白鳥さんは大正8年生まれ。子供の頃住んでいた東京で父親から手ほどきを受け、「才能を見出した」近所のおじさんからも教わったことを覚えている。戦時中は上海で過ごし、日本人クラブで碁の師範を務めたこともある。また、かつては差別が激しかったハンセン病の施設を慰問。患者を相手に対局して大いに感激された経験も持つ。「家族からは止められる時代だったのですが、この慰問はとても勉強になりました」一緒に訪れた当時の大蔵大臣、国務大臣とともに写真に納まる白鳥さんは、患
者への慈愛と凛とした棋士の風情に満ちている。若いうちから将来有望な女流棋士であったことを裏付けている。igo2.jpg
 「碁は宇宙だと思っています。白黒の石は陰陽です。碁盤には9つの星があります。その宇宙は無限であり、碁を打つ頭脳もまた無限です」と解説の後「年の割りにぼけないのは碁のおかげ」と謙遜した。今碁盤に向かうと30手ぐらいを読むという。「若い人は何百手も読みます」といい、頭の体操には最高だという。
 昔公家の間で広まり、紫式部も打ったと伝えられる。近くは江戸時代末期の篤姫もテレビドラマで何回となく打つ場面が出てきた。「武将のような知謀が必要な戦略家にはとても気に入られました」
 そんな白鳥さんが最も願っていることは、一人でも多くの子供が碁に向き合ってくれるようになることだ。「情操教育にはとてもいいんです。思考力がつき考えが深くなります。辛抱するときは辛抱し、積極的に出るときは思い切って打つ碁の勝負で、養われるのです。無理もできない、自分の主張ばかりできないという心。今欠けているものを取り戻すのです」
今年8月には日中韓3国の小中学生囲碁交流大会を甲府で開いた。3年前行政からの補助を受けて始まったが、今回はなし。「せっかく根付いた交流なので」と、みんなで持ち寄って大会を成功させた。各国7人づつの子供が出場して対戦。きらきら光る目で碁盤に向かう姿を見て、困難を乗り越えて開催した意義を見出した。
 「小さいときから興味を持たせ指導することがだいじ。今ではネットでも本でもテレビでも教材はいっぱいある。興味を持ってもらいたいのが願いです」といい、成長を楽しみにしている。
 このほか白鳥さんは月1回、北東公民館で女性のグループを指導している。
この「山紫会」には北杜市や鰍沢町など遠方から来たり、介護施設の所長さんもいれば、小学6年生もいる。女性への普及も大切だと考えている。
 日本棋院で年間優秀者に贈られる棋道賞を2回。今年3月には権威ある大倉賞を受賞、まだまだ現役の指導者を続ける。
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第8回:なんにでも興味、そして一流

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 「今、一番やりたいことは、甲子園に行って六甲おろしを歌いながら、風船を飛ばすこと」と、話す甲斐市宇津谷の五味鈴子さん(58)の経歴は、野球とはまったく関係ないように見える。唯一共通点を見いだすとすれば、何事にも幅広く興味を持ち、とことんまで成し遂げてしまうところか。すでに達成したことの中から、主だったものを紹介する。

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第7回:古代中国の本格マージャン

Profile
日本麻雀連盟甲府支部のみなさん

 「賭けない 飲まない 吸わない」を厳守して健康マージャンに徹する同好会があります。日本麻雀連盟甲府支部(鈴田支郎支部長)です。上部組織の日本麻雀連盟は1929年、文豪菊池寛氏が初代総裁として創立、80年近くの歴史があります。

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第6回:混声合唱団で仲間作り

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Profile
中村 智秀さん(63歳)
甲府市青沼1丁目

♪私の〜お墓の前で泣かないでください♪ 透き通るようなソプラノに続いて男声が厚みを増す。

甲斐市富竹新田で鈴木峰男さんが指導する「混声合唱団ルーナ・ピアーナ」の練習風景です。

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第5回:花をテーマに二人展

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Profile
飯野 春美さん(61歳・山宮町)
小西 光子さん(61歳・武田)

お二人は高校の同級生。飯野さんは和紙工芸、小西さんはボタニカルアートで、いずれも花をテーマにして、このほど北東公民館で二人展を開きました。

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