- 2010年1月18日 23:44
- ジュエリー
KENです。
前回からの宝飾産業歴史つづきです。
明治維新~明治中期
明治維新の頃になると山梨県内の水晶産業は全盛期を迎える。
水晶工芸の技術も進歩し製品の幅も広がっていった。
幕末までは水晶原石の採掘は許されておらず、製品の種類も
少なかったが明治新政府は国家の近代化を進める一方策として
殖産興業に力を入れ山梨県では地下資源、水晶の開発を推奨した。
また開国にともない、盛んに往来するようになった外国人の間でも
水晶が珍重されるようになったことから国内外での需要が増え
採掘や試掘を出願するものが多く現れた。
明治6年には多大な経費を投じてオーストリアのウィーンで
開かれた万国博覧会にも参加した。
この博覧会には御岳の職人達が4年がかりで作った金桜神社の
水晶玉が日本政府の名の下に出品された。
そしてこのような時代の流れに応じて山梨の水晶加工技術は
発達し新製品も次々と開発されたのであった。
次は明治後期~大正時代です!お楽しみに♪
クーフー(koo-fu)プロジェクト紹介
Koo-fuプロジェクトは山梨県のジュエリー産地活性化を目指し、
中小企業庁の「平成18年度JAPANブランド育成支援事業」の一環
として誕生。
日本一のジュエリー産地、山梨の活性化と伝統として
受け継がれてきた産業を将来に継承していくために
産地一丸となって取り組んでいる
プロジェクトです。
詳しくはホームページをご覧下さい。
只今、山交百貨店1Fでご覧になれます。
速報
来月2月8日(月)~10日(水)
六本木ヒルズにて合同展示「rooms」にKoo-fuクリエーターチーム
が出展致します。
ヨシコクリエーションパリ×クーフーのコラボモデルの
発表を行います。

前回、代々木体育館にて~ rooms
デザイナー:梶谷好孝
クリエーター:
KENBLOODoffice、小松ダイヤモンド工業所、白金工房、
詫間宝石彫刻、貴石彫刻オオヨリ
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